ロイヤルコペンハーゲンの藍に魅せられて > ロイヤルコペンハーゲンイヤープレート 1920-1929


ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第18作目は クリスマス前の古い町並みです


作品名 Old houses on Christianshavn
    クリスチャンハウンの古い家 1925年(大正14年)
デザイナー: Christian Oluf Jensen

rc1925year.jpg

プレートの中で少年はクリスマスツリーを引き摺って家に向かっています。
デンマークの家庭では、自前のクリスマスツリーを用意するのが普通で、とても貧しい家でさえ、小さくてもツリーを用意するものです。

その為、毎年、何万本というクリスマスツリー用の木がノルウェーやスウェーデンから輸入され、首都、コペンハーゲンで売られます。
しかしコペンハーゲン以外の地域では、近くの森から木を切り出してくるのは珍しい事ではありません。

プレートの前面に見えるのは、パン屋の建物の看板です。
デンマークの人々もクリスマスを祝い、家に精一杯の飾り付けをします。
しかし、大抵、窓には特に飾りつけをしません。
この年のプレートの絵柄は、題名にもありますように、コペンハーゲン東部のクリスチャンハウンとして知られる地域をモデルにしています。

ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第17作目は 海原を進む帆船です


作品名 Schooner at sea Christmas night
    クリスマスの夜の帆船 1924年(大正13年)
デザイナー: Christian Benjamin-Olsen

この年のプレートに描かれた形状の横帆艤装の帆船は古くから何百年間にも渡って使用されてきたタイプです。

rc1924year.jpg

北欧では有名な“バイキング”の襲撃を受ける以前から、デンマーク人は素晴らしい船乗りとして知られてきました。
この船は帆を縮め、寒風吹く海原を、母港コペンハーゲンに向け前進しています。
船の向かうコペンハーゲン港は、大きな埠頭があり、潮の干満のない不凍港です。この港はバルト諸国と大西洋諸国との間で、古くから商業航路として広く利用されています。

デンマークは石炭、鉄や他の金属といった工業資源に乏しいため、輸入に大きく頼らざるをえません。
それだけが理由ではないでしょうが、デンマーク経済は、農産物や磁器製品や家具などの製品の輸出で支えられています。

それに付随して海運業が発達し、デンマークは国民一人当りの船舶積載量が国際的にも上位に入っています。

帆船と言うモチーフはデンマークの伝統産業を表現するものでもあったようですね。

ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第16作目は 教会の見える雪景色です


作品名 Snowcovered landscape with church
    雪に被われた風景と教会 1923年(大正12年)
デザイナー: Oluf Jensen

この年は雪に埋もれたデンマークの農場、その背後には村の教会の尖塔が描かれました。

rc1923year.jpg


このプレートが描かれるほんの数十年前、1880年より以前のデンマークの主要産物は穀物でした。
そして、現在でも小麦、ライ麦、大麦や燕麦といった穀物を生産しています。
しかし、現在はどちらかというとバター、卵、ハムやベーコンなど、畜産物の輸出の方が有名になています。

耕作地の土壌のほとんどがあまり肥沃ではないため、デンマークの農家は毎年多くの肥料を輸入しなければなりませんでした。
その上に成り立った農産物国家、そこには、人々の並々ならぬ努力と苦労が隠されているのです。
冬場、大地をそっと覆い隠す、真っ白い雪のように。

ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第15作目は 天使達がモチーフです

作品名 Angels singing 歌う天使たち 1922年(大正11年)
デザイナー: Ellinor Selchau

世界中のキリスト教徒とっては、天使もクリスマスを連想させるモチーフです。
そういった意味では、この年のプレートは、クリスマスの季節を思い起こすのにぴったりのデザインといえます。

rc1922year.jpg

キリスト教においては、天使を語らずしてイエス=キリスト誕生の話は始まりません。
聖母マリアがイエス=キリストを身ごもったのに気付いた時、彼女の前に天使が現れました。この天使ガブリエルは、マリアに彼女が神の子を生むことになると言いました。
このエピソードは、ダヴィンチやその他多くの有名な画家達によって『受胎告知』という絵画作品として数多く描かれています。
さらにマリアの夫ヨセフのところにも、ガブリエルは現れ同じことを伝えたのです。
この後、幼子イエスがお生まれになられた時には、ベツレヘムの丘で羊の群れを見張る羊飼い達のところにも天使が現れ、『救世主がお生まれになった』と知らせました。
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して歌ったのです。
聖書に関する記述は第9作目の作品を参考にして下さい。

これはロイヤルコペンハーゲンクリスマスプレートの中で、女性デザイナーが手がけた最初の作品となりました。
次に女性デザイナーが登場するのはかなり後の1961年のことです。

ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第14作目は 古い町並みです。


タイトル Old houses on the town square of Aabenraa
     アーベンラーの街角の古い家 1921年(大正10年)
デザイナー: Oluf Jensen

この年のプレートに描かれている家は、ユーラン半島東部の美しいフィヨルド地形に位置するア−ベンラ−という小さな町にあります。

rc1921year.jpg


この家は1700年頃に建てられた切妻造りで、ア−ベンラーにはこのような小さな家屋が多く見られます。
中には石造りの玄関をもつ家もありますが、ほとんどの家は木造の骨組みを露出させ、その間を煉瓦や石で埋める様式で出来ています。
その家の切妻屋根はルネサンス建築様式の源泉を残し、鉄の留め金には立派な装飾が施されています。
また、浮彫り細工で名前や家紋、完成した年を入れた砂岩のプレートをつけた家もあります。

このアーベンラーは元々漁村で、17世紀、18世紀、アイスランドやバルト諸国の港にとって出荷輸送の町として重要な役割を果たしていました。
現在は人口 12万を超す商業中心の町に変わっています。

アーベンラーの町は12世紀に興りましたが、今回のモチーフとなった切妻造りの家にはわずか250年の歴史しかありません。
それはこの町が、長年に渡り大きな火事に見舞われ何度も被害を受けてきたからなのです。

さらに、1864年にドイツがユーラン半島南部を併合し、以降1920年までドイツ領となっていました。
アーベンラーに住む年配の人達の中には、半島南部がデンマークに返還され、デンマーク人に戻ったことを喜び、4日間祝い続けたそうです。その時、馬に乗ったクリスチャン10世がアーベンラーを練り歩く姿を見て、男も女も涙を流し喜んだと伝えられています。

このプレートが発表されたのはちょうど返還された1920-21年、ありふれた風景画かと思いきや、そこには大きな歴史と深い意味が隠されていたのですね。

ロイヤルコペンハーゲン イヤープレート 第13作目は 聖母子像です



タイトル The Virgin Mary with Christ the Child
     聖母マリアと幼子キリスト 1920年(大正9年)
デザイナー: Gotfred Rode

この年のプレートは、聖母マリアと幼子イエスを描いています。
マリア様はこれまで様々な形で描かれておられますが、このプレートでも私達に馴染みのある装いをしておられます。

rc1920year.jpg

また左側には羊の顔も描かれていますが、これはマリア様がイエスを出産なさってわずか数日、まだ馬小屋におられた頃を表現して描かれたのでしょう。
そのマリア様のお顔からは、物思いに耽った様子や落着きが感じられます。
おそらく羊飼い達が、この幼子について天使が話してくれたことをマリア様に知らせたからでしょう。(1916年のプレート参照)

新約聖書の一節はこうです。
『しかしマリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。』(ルカによる福音書2章:19節)

全てのキリスト教徒にとって、マリア様は、女性らしさを通して上品、高貴、純潔を具現化したものなのです。
それを表した新約聖書の一節はこうです。
マリアのいとこエリサベトは、「あなたは女の中で祝福された方です。」とマリアにいいました。(ルカによる福音書1章:42節)
天使ガブリエルは「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」とマリアに言いました。(ルカによる福音書1章:28節)

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。